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星夜航行 (下) [book] [飯嶋和一]

sample1.jpg飯嶋和一/新潮社/お薦め度 ★★★★☆

慶長の役

ルソンに逃げついた甚五郎、幸いにも菜屋助佐衛門の見世と蔵はマニラ市郊外に三カ所あり、日本人居住地には三百人ほど住んでいた。ルソンで甚五郎が目にしたものは、スペインとイスパニアの覇権争い、言いかえるとイエズス会とフランシスコ会の布教合戦?だった。

日本へ帰った甚五郎、朝鮮、ルソンで見聞きしたことで南蛮貿易、キリスト教布教、文禄の役・・・すべてをひとり占めにしようとしている秀吉の考えが線でつながる。

文禄の役が終わったかのような諸大名、甚五郎はそれを商機とみて、余り始めた武器、弾薬を安値で買い集める。行長らの朝鮮、明国との講和交渉は相変わらず遅々として進まず、イライラの募る秀吉から再度朝鮮征伐の命が下る。慶長の役である。

「太閤御渡海」の報は再三流されるものの、一度も実現を見なかった。裸の王様秀吉と行長、清正らの現場指揮官との軋轢は大きくなるばかり。

そんな折り、甚五郎が前回同様、釜山への兵站を依頼される。釜山まで無事辿り着いたが目指す城までは陸路の兵站となる。甚五郎はひとり立会に向かうが、途中「降倭隊」の攻撃を受け、足軽、人役は討死、逃げまどうなか甚五郎は鉄砲と刀でひとり戦いに挑む。多勢に無勢、自ずと限界が・・・降倭隊に捕らえられてしまう。

ここからが甚五郎らしい。同じ釜の飯を食った?元武士から降倭隊の鉄砲の指導を依頼される甚五郎。一刻も早く無意味な戦いを終わらすべく指導を始める。慶長の役も一進一退、そんななか秀吉が亡くなる。朝鮮からの撤退の命がくだり、最後の講和交渉が行われる。

撤退期限を過ぎても行長の足軽、人役等五千人あまりを乗せる船は届かなかった。甚五郎の願いにより、降倭隊への投降を呼びかけ千五百人あまりがそれに応じた。ここに七年にも及ぶ文禄・慶長の役は終わりを告げる。

それから八年、甚五郎の姿は何処に?最後の8ページに世界を相手にしてきた「ぶれない男」の姿が・・・

相変わらず凄い小説を書く飯嶋和一に「あっぱれ!」

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